お金が好きな私が考え直した「富」について

こんにちは、たくじろう(@takujiro_0529)です。

みなさんおいて『富』とは一体なんでしょうか。

私はこの問いをある本から投げかけられてた時に、『富』イコール『金』と頭の中で回答したのを覚えています。

私はお金の知識や社会の成り立ちなどを全く勉強してこないで、26歳を迎えました。

この「『富』とは一体なんなのか」を知ることで、残りの私の生きる指針に影響がありそうでしたので、みなさんと少しでも共有できたら嬉しいです。

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私が今まで考えていた『富』

私は今まで『富』イコール『金』という考え方で生きていました。

そもそも「富」とは裕福であることを指しているもので、Googleで検索しても「財力・財産・富豪」などの「金」に紐づく内容が表示されました。

検索結果でそれが出てくるということは、日本において『富』といえば『金』がイメージされているのではないかと思います。

そう考えると私が今まで考えてきたことは、大体の人と同じ考えであることがわかります。

より具体的に、「金」があることで、なにを得られるのかを考えてみました。

私の場合は、洋服や食事、あとは住むところ、そして旅行とかですね。

衣食住+旅行って感じです。

「金」があることでこれらの欲望は高い水準で満たすことができるし、それで心が満たされるのではないかと思います。

「金」を意識して生活をしていると、いろんなことで「金にならないかな〜」とか「金もらえないならやらない!」と考えてしまうこともしばしばあります。

でもそれって、社会人になるとみなさん考えることではないでしょうか?

時間を割いて、お金をもらわないでやることって、いわばサービス残業みたいなものですよね。

私は、何やるにしても「金」が頭からこびりついて離れない時期もありました。

そして仕事の面では、常に「年収1000万」を超えるように考えて仕事を選び、考え、学習してきました。

今はプログラマをしているのですが、SEになって上流工程をできるようになって、お金を稼ぐのか、それとも、どんどん売れるサービスを作って一攫千金を狙っていくのか、フリーランスになって年収を上げるのか、など。

お金のためなら、私のやりたいこと、興味があることは置いておいて、職業を選ぼうとしていました。

この考えは別にいいと思うんですよ。今でも否定はしません。

ただ、これらの考えを打ち砕くほど、『富』の本質というのは深いものでした。

社会が成り立ってきた歴史

お金というものが存在しない時代。
そこでは人々がどのように生きていたのかを考えてみます。

人々は、狩りをして動物を食べ、少し現代に近づいてくると、作物をつくり自給自足で生きてきました。

ただ、ここで見落としてはいけないのが、全員が同じことをしているのではないんですよね。たぶん。

作物を作っている人の中には、わかりませんけど大根を育てるのが上手い人、人参を育てるのが得意な人、米が得意な人さまざまな人々がいて、そして、自分たちが作ったものを村で共有して助け合って生きてきました。

このように生きていくには協力しなければならないですし、その関係にはお金は存在していません。

まるで村全体の人々が家族みたいな関係で成り立っているようです。

現代における本当の『富』

では、現代においてはどうでしょうか。

自給自足なんてほとんどできてませんよね。日本では輸入品で大体の食材などを得てい流と思います。

輸入品を得るためには、代わりに日本の何かをその国に渡しているのでしょうか。

日本には代わりになるような食材を輸出しているのではなく、その代わりに『金』を渡していますよね。

ここで少し『金』の役割が見えてきたでしょうか。

『金』がない時代では、何かを得るためには、その代わりになる「何か」をこちらから渡さなければなりません。

現代では、何かを得るためには、その代わりになる「何か」がないため、『金』を渡すようになったんです。

ということはです、『金』は『代わりになる何か』の代わりになったのです。

だから、今では『金』を渡すことで簡単に『何か』を得ることができます。

では、これまで何回も出てきている『何か』は食物やあらゆる物を指していますが、実はこれが『富』なのです。

現代では『富』を得るために『金』が必要なのです。

なので勘違いしてはいけないのは、『富』イコール『金』という式は成り立ちません。

『富』を得るための手段の一つに『金』があり、今の現代で『金』は『富』を得る一番簡単な手段であるだけななのです。

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私の使命

ここまでで、現代社会では、『金』は『富』を得るための一つの手段であるところまで到達することができました。

では、『金』はどうやって手に入れるかということです。

それは仕事です。

現代では仕事をすることで『金』を得ることができるシステムになっているのです。

簡単な流れを図にしてみると

仕事 → 金 → 富

さあこの図、実は一か所間違っているところがあります。

図を訂正すると

富(仕事) → 金 → 富

仕事とは『富』を作り出していかなければならないのです。『金』がない時代とやらなければならないことは変わらないのです。

仕事というのは、ただ何かをこなしたり、パソコンに何かを入力したりするような簡単な仕事もあります。

でもそれって、「社会に何か『富』を生み出している」という考えのもと仕事をしている人っているのでしょうか。

私がアルバイトをしていた頃は全く思ってもいませんでしたし、プログラマになってからも、プログラミングが好きだからという理由で仕事をしていました。

これは「仕事をすることが楽しい」イコール「その人にとっては『富』」である場合ですね。

ただ、『金』を得て、他の『富』を得たいと考えた時には、これでは上手くいきません。

それを実現させるには、私たちがやる仕事が相手にとって『富』でなければなりません。

よくよく考えると、医者は高度な技術と学力で、あらゆる病気を治していきます。私たちにはできないことを多額の『金』を支払うことで健康という、かけがいのない『富』を授けてくれます。

弁護士も同じです。

世間一般的に年収が高いとされている職業は、かけがいのない『富』をどんどん生産し続けている職業であることに間違いありません。

ただ、私が今から医者になりたいとは思いません。
しかし、プログラマとして、世の中に技術的な面からどんどん『富』を作り出すことができると思います。

他にもいろんな手段で『富』を作り出している人がたくさんいます。

結果的に、自分で作り出した『富』がどれだけみんなを豊かにしたか、するかによって、自分に返ってくる『富』が変わってくると思います。

まずは、「自分が『富』と作り出すんだ」という気持ちを持って、どんどん勉強してチャレンジしていくことが、私の使命ではないかと思います。

まとめ

社会のシステムにはいくら『富』を生み出しても、『金』を得ることができないことがあります。

私にとってそれは会社です。

会社を豊かにしてあげたいという忠誠心があれば、それでもいいとは多いますが、会社は基本的には会社を守るために、給料は低めに設定しています。

なので、私は『富』を作り出した分『富』を得たいので、フリーランスを目指して日々努力していこうかなと思います。

というか、本来は『富』を作り出した人には『金』が入るようになることが通常であるはずなのに、歴史的に搾取という方法で『金』を得ようとする人たちがいたために、今まで機能していた『富 → 金 → 富』が上手くいかなくなってしまっているような気がします。

とにかく、仕事では『富』を生産し続けることで社会に貢献することをします。

あと、こうやってブログを書くことで、いろんな人に見てもらって、少しでも考えのタネになってもらえれば、それも私は『富』だと思うので、できる限り続けていきたいと思います。

byたくじろう(@takujiro_0529)

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